たたらの女神、金屋子神

金屋子神、播磨国に降臨す

 大昔のある年の夏のこと。播磨の国岩鍋(今の兵庫県と岡山県との境)という山の谷あいにある村あたりいったいは、何日も雨がふらず、太陽が毎日ぎらぎらと大地をこがす日が続きました。村人たちは、このままでは川の水も干上がってしまい、田畑の作物もすべて枯れてしまうと、山に集まって雨が降るよう天の神に祈ることにしました。

 村人たちは、奥深い谷川の岩かげのふちで、周りを清めて火を焚き、村おさが岩に向かって手を合わせ、呪文を唱えて一生懸命神に祈ると、不思議にも空にはにわかに雲がわきおこり、大つぶの雨が降ってきました。「雨だ、雨だ」、「これで畑の作物も枯れずにすむ」、村びとたちは雨にぬれながら、鉦や太鼓をたたき、喜びの踊りを舞い始めました。

 高ぶる雨乞いの祭りのなかで村おさは、自分の心にひらめいた神に、「私たちの願いを、このように叶えて下さったあなたは、いったいどなた様なのか教えて下さい」と、感謝の気持ちをこめ、聞きました。

 その神は、「私は、金山彦天目一個神ともいう金屋子の神です。生き物に生命をよみがえらせたり、田畑の作物を豊かに実らせるためには、水は最も大切なものの一つ。私は、この地で様々な人々の幸せを守るため雨を降らせましたが、これからは遠く西の方へいき、そこで鉄を吹き、道具を作ることを多くの人に教えなければなりません」といって、白鷺に乗り、天空高く飛び立ちました。

 金屋子神は、出雲の国の上空まで飛び、そして空から鉄づくりに最も通した地を探しました。昔から『たたら』と言い伝えられてきた鉄づくりには、山や川でとれる砂鉄と、鉄をとかすのに必要な大量の木炭と、炉を作るのにふさわしい粘土がなくてはなりません。金屋子神は、その三つの条件を兼ね備えた地として能義郡西比田を選び、そして西比田黒田の森の桂の木に降り立ったのです。


出雲国で鉄づくりを教える

 金屋子神を最初に見つけたのは、山に犬を何匹もつれて猟に来ていた、安部正重という人。犬たちは、白鷺の体から放たれる神の光明(ひかり)をみて、身を縮め、吠えています。正重は、犬たちをなだめて神に恐る恐る問いかけました。「あなたはこの地に何をしに来られたのですか」と。すると神は、「われは金屋子の神なり。この所に住いして、『たたら』を仕立て、鉄(かね)を吹く技を始むべし」と告げ、自らも神としてその仕事がうまくいくよう協力することを約束しました。

 神からのお告げを謹んで受けた正重は、近くに住む長田兵部朝日長者にこのことを伝え、ふたりはまず神が舞い降りた桂の木の脇に金屋子神のお宮を建てることから仕事をはじめました。そして、正重はその宮の神主に、また長田兵部朝日長者はこれから作る『たたら』の村下(技師長)を務めることとなったのです。

 『たたら』の高殿(施設)の建設には、金屋子神を取り巻く大勢の神々が天から地上に来た後、作業に関わったと伝えられています。

建設現場に最初に表れたのは、なんと驚くことに75人の子供の神々。子供の神々は、まず75種類の仕事に必要な道具を作り、始めは自分たちが村下となって土地を整備したり、杉の木を伐って『ふいご』を作ったりして、建設の総指揮にあたりました。

 一方、朝日長者は山に入り砂鉄と炭を集めています。高殿では炉が作られ、そのまわりには、建物の中心となる大切な6本の大きな柱が建てられ、その柱を金屋子神をはじめ、木の神、日の神、月の神が、東西南北の方向を分担して守っているのです。

 このほか屋根を火災から守る神、炉に風を送る風の神、風を送る『ふいご』などさまざまな道具を司る神々、また『たたら』には、数えきれないほど大勢の神々が参加し、建設に協力しているのでした。

鉄に関わる人々の信仰を一身に

 金屋子神は、奥出雲一帯に次々とたくさんの『たたら』の施設を建設。金屋子神がかかわると、どこの『たたら』でも質のすぐれた鉄が限りなく産み出されるので、金屋子神に対する信仰が、『たたら師』、いわばたたらの神と崇め、祀る、そうたたらで働く人たちの間には広まっていくこととなったのです。

 たたら師たちからは、「金屋子さんは、生産を高める女の神様だ」と信じる人も出てきました。また、人によっては「いや、金屋子さんは男の神様だ。いつも炉の中の強い火の光りばかり見ているので、片目をとられてしまった。一つ目の神様だ」という人も現れました。

 

 ある年の冬、金屋子神は村下を連れて『たたら』に向かう途中、高殿の前で突然飛び出してきた犬に吠えられ、二人はなんとか逃げようとしましたが、びっくりした村下は、地面に落ちていた麻緒に、足の小指をとられ、転んで死んでしまいました。

金屋子神は、集まってきた『たたら師』たちに、村下の死骸は葬ってはいけません。そのまま高殿の元山柱にくくりつけて鉄を吹くのです」と教えました。

 「たたら師」は、神の言われるままにして仕事を続けると、今まで以上によい鉄を大量に作ることができたということです。金屋子神は、このように「死のけがれ」を好む不思議な性格の一面をもった神でもありました。