トピックス&レポート2025


3月22日(日)米子市児童文化センターでたたら操業!!

たたらのひみつ探検隊!

この春休み、米子市児童文化センターに出かけて、ミニたたら操業を行います。

10時30分から希望者先着30名に、砂鉄の投入体験をしていただき、鉧(ケラ)出しは午後2時頃の予定。「鉧の重さ当てクイズ」では出来上がる鉧の重さを予想してもらい、実際の数値に一番近かった人には日野郡の特産品をプレゼント!!結果発表は午後2時30分頃。大迫力の鉧出し〜水蒸気を上げる冷却作業を見て、その時間まで待ってください。

ホワイエではたたらの展示や解説、電子紙芝居の上映もあります。

この機会にぜひご家族で、日野郡のたたら製鉄の歴史を見て、感じて、楽しんでください。

 

火の粉を巻き上げて鉧出し!



浜砂鉄採取ワークショップのお知らせ。



10月26日(日)令和のふいご祭を開催!!

これまでで最高の出来となりました!

なんと、砂鉄15キロから9キロの鉧!

天気予報は雨・・・を覆して、当日には雨の心配はなくなり、高殿とする耐熱テントには屋根も設けずにミニたたら操業を行いました。テント建ては朝7時から30分ほどで終了。山本村下の指示のもと、余裕をもって操業の準備を進めます。

ペール缶を積み上げた独自の炉に最初の砂鉄(初種)を投入してもらったのは、取材に来ておられたTVの女性リポーターさん。以降希望者に、木炭と砂鉄を交互に投入してもらいました。

隣のテントでは鍛冶屋「宮光」さんが陣取って、ペーパーナイフの製作体験。また風鈴やフライパンなどの製品販売も。

また、日野川の源流と流域を守る会による「都合山ツアー」の皆さんは砂鉄投入体験後、現地に向けて出発。やがて「舟場山見学バスツアー」の皆さんも出発。

午後2時を回った頃、いよいよケラ出しとなりますが、今回は2回のノロ出しであまりたくさんのノロが出ておらず、鉧がよくできている予感で、その通りなんとその重さ、9kgという素晴らしい留まりとなりました。投入した砂鉄15kgから9kg・・・。今までで一番素晴らしい数字となり、今年のふいご祭は幕を閉じました。



令和7年第12回”ふいご祭”のお知らせ!

数えればもう12回目。

あれやこれや、多彩な内容で開催する

令和のふいご祭にぜひご来場ください!

 

たたら製鉄が盛んだった昔、旧暦の11月8日・・・、新暦でいえばちょうど年末の頃に行われていた「ふいご祭」。これは火力を高めるために使う「吹子」に関わる者、すなわち「金偏産業」の従事者たちの年に一度の安息日としてありました。

復活させて今年で12年目となる「現代のふいご祭」は、ミニたたらで鉄を作って、往時のたたらの歴史を思い起こそうというイベントです。

 

今回はミニたたら操業ワークショップ、鍛冶工房・宮光の「鍛冶屋体験」にとどまらず、展示・AR体験や、近くのたたら場「舟場・ヒヤ谷たたら」を訪ねるという企画もあります。

例年のように「生きいき”ひの”ふれあいまつり」との同時開催であり、加えて、日野川の源流と流域を守る会主催の、都合山を訪ねるイベントも予定されており、賑やかな内容となるはずです。

 

ぜひたくさんの方にご参加いただけたらと思います〜!!



8月17日(日)都合山で発掘調査、現地説明会。

明治〜江戸〜中世へと

数百年に及ぶ”たたら製鉄”の歴史を宿す!

シン・ツゴウヤマ!!

お盆明けの8月17日、都合山には大勢の人々の姿がありました。

6月初めから発掘調査がなされてきて、期間終了後には埋め戻されることから、このタイミングでの現地説明会です。

今回の発掘場所は、「天保4年(1833)〜9年(1838)に長太郎、元治元年(1864)〜明治2年(1869)に西村吉左衛門が経営・・・」と近藤家文書に残されているその高殿跡①と、周辺の関連した建物跡②、そして中世(室町時代頃)の野だたら跡③です。 

①では本床、小舟、床釣外郭、小鉄町が確認され、高殿の大きさは約17m四方。1819世紀と思われる陶器片が出土。これは近藤家文書に記録された鉄山経営の時期と概ね合致するそうです。②では何らかの建物跡と確認され、炭置き場の可能性があるとのこと。③では大量の鉄滓、炉壁が出土し、排滓場と考えられ今後、放射性炭素年代測定を実施して遺構の年代を確認し、さらに本床の場所を特定するため、次年度以降も発掘予定とのこと。

今回の調査で江戸期から中世へと至る「たたら」の痕跡が確認され、都合山に新たな魅力が追加されました。

 



発掘調査中の都合山の現場を訪ねる!

鳥取県指定遺跡の「都合山たたら跡」。明治20年代に近藤家が操業したたたら跡の上流側にあったとされる、それより前の遺跡の発掘調査が現在進められています。作業にあたっておられる皆さん、暑い中で頑張っておられます。

その周辺にはさらに古い野だたら跡や、石垣でしっかり造られた貯水池なども見ることができ、この調査が進めば室町時代から近世に至る製鉄の歴史をここでまとめて語流ことができることになります。

●現地説明会

  8月17日(日)14時から(小雨決行)

  ※受付は13時〜13時20分/滝山公園駐車場

  滝山公園からはバスで畑の「遺跡入り口」まで行き、

  そこから10分程度、山道を登ります。

  申込不要、参加費無料

問い合わせ/日野町教育委員会事務局 電話/0859-72-2107


7月3日(木)下原重仲に縁の青森今別町から江府町へ

江戸時代、「鉄山秘書」を著した下原重仲。ずっと謎だった重仲の人生が、ここ数年の研究で一挙に明らかになってきています。鳥取県立公文書館の専門員、高橋章司さんは、日野町黒坂の森家に眠っていた『農暇拾穂集』に着目。これは重仲が自身で晩年まとめたという歌集で、これを読み解くことで、青年時代からの経歴やその人となりが浮かび上がってきたのです。

大阪から出奔したとされていたその痕跡を辿ると、奥州・青森県今別町へと至ったことが明らかとなりました。

その縁で今別町の佐藤教育長など4名の方が江府町に来訪されました。一行は江府町役場に町長を表敬訪問した後、宮市の重仲の生家と墓〜黒坂の森家〜江府町の資料館・・・、御机のかやぶき小屋から鍵掛峠展望台、サントリーの工場、道の駅奥大山などを訪問。

これを機に今後、今別町での研究が進むと、さらに重仲の歴史の詳細が見えてくることも期待されます。


6月17日(土)伯耆文化研究会 記念講演

長く鳥取県中西部、伯耆国の歴史文化研究を牽引してきた同会の総会に合わせて、米子市立図書館2Fホールで記念講演会が開催されました。

講師は角田徳幸氏、演題は「日野郡のたたら製鉄研究最前線」。

近年、郡内3町ではたたら遺跡の発掘調査が盛んに進められており、その成果が発表され、また『鉄山秘書』を著した下原重仲について、その謎が解き明かされ、従来の定説を覆すような新説が明らかとなっていることなど、たたら研究の最新情報が報告されました。