トピックス&レポート


10月6日(水)〜7日(木)日野中学校「ふるさと学習」2days

地元、日野中学校からオファーがあって、全生徒を対象に「たたら」の授業をさせていただきました。

6日午後は、電子紙芝居2編をまじえて、座学を80分。「水の惑星」とよく言われている地球は、実は「鉄の惑星」であること。地表近くにある酸化鉄を鉄に変え(製鉄)、人類は鉄を以て文明を築いてきたこと。日本では6世紀頃から砂鉄と木炭を用いて、日本独自の「たたら」と呼ばれる方法で製鉄を行ってきたこと。中世以降、ここ奥日野はその大産地であり、明治の近代化の中で日本を支えたことなどをざっくりと話しました。1年生と3年生では理解力も違うでしょうが、ぼんやりとでも歴史の文脈を理解し、また何か言葉のひとつふたつでも記憶にとどめてくれたら、それでOKだと思いますが、さて、如何だったでしょうか?

7日は午前と午後に分かれて、都合山たたら跡で現地説明。たたら街道、都合谷川沿いのウオーキング随行は奥日野ガイド倶楽部さんにご協力いただきました。現地では高殿や大鍛冶場など、主な施設の痕跡や配置などをガイドし、その後ロープを使って学習。まず水10トンが入る深さ1mのプールを作り、砂鉄の比重を3.5とすれば15トンはどれくらい?木炭の比重を13とすればどれくらい?っていうようなワークショップをやりました。そこからたたらでは、どれほど大量の物量を扱ったのか想像してくれたらと思います。前の日の座学、解ってくれているかな〜と、生徒たちに尋ねてみると、こちらの想像以上に理解してくれているような感じ・・・。彼ら、なかなかよく解ってます!!来年度以降、レギュラーになればと願います。


9月9日(木) 「福長下モノ原遺跡」発掘現場・現地説明会

山の中に新しい道路が出来るってことで、何が良いか?と言えば、もちろん交通の便が良くなるのは言うまでもありませんが、私たちにとっては古い遺跡調査が進むこと!(笑)菅沢ダムから下ったR180号脇、日野町の「福長下モノ原遺跡」発掘現場・現地説明会に行ってきました。段丘をけずって造成された平坦地に、中世の製鉄炉や排滓場(カナクソ捨て場)などが検出されました。鞖鞴座(ふいござ)の造りなど、他では見られない特徴があるようです。今のところ年代は大まかに「中世」とされていますが、今後放射性炭素年代測定でいつ頃のものか、もう少し詳細に解ってくると思います。また現在表出しているその下部に、更に古いものが在りそうだとのことで、それも楽しみです。見学会は10日と11日の3日間開催されました。


7月16日(金) 日野町公民館で「おしどり学園」

日野町公民館で毎月、主に高齢の方を対象に開催されている「おしどり学園」からお声がかかり、「たたらガッテン!講座」と題して、講演させていただきました。まず電子紙芝居『喜八郎の決断』をご覧いただいて、あとは例のごとく、「地球は何の惑星?」というクイズから始めて、鉄の歴史〜たたらの歴史、などなどを織り交ぜて、またできるだけ包括的な内容とすることで皆さんの脳みそを刺激し続け、よって居眠りするヒトは皆無!!(絶対、居眠りさせません!笑)知っているようで知らない「奥日野のたたらの話し」を楽しく話させていただきました。こうしたカタチで今後、子どもたちにも話しが出来る機会があれば・・・と思います〜


3月13日 第3回 中国地方たたら懇話会(奥出雲)

日南町阿毘縁を経由して県境越え、奥出雲の絲原記念館で行われた「3回 中国地方たたら懇話会」に出席しました。「たたら」に関わる島根県東部の研究者さんや、博物館の学芸員さんが情報や意見交換をしておられる集まりで、この日が3回目。伯耆国たたら顕彰会の活動について、ぜひ話をしてほしいとのご希望があり、設立から現在までの取り組みやそのポイントなどをお話ししました。「たたら」に関わる取り組みでは出雲の方が、断然先を行っておられますし、安来の「和鋼博物館」をはじめ本格的なガイダンス施設も多数。我が方とは比になりませんが、このご時世(メンバーの高齢化やコロナなど)で同じような課題を抱えておられるようです。特に出雲の方はどちらかといえば行政先行で、民活主体でやってきた我が方とはまた違う悩みをお持ちのようですが、これを機会に奥日野と奥出雲、たたらで連携が進めていけたらと思います。


3月4日(木) 才ノ原たたらの遺跡発掘調査

日野町根妻で予定されている、国道180号の拡幅工事に伴って行われている「才ノ原たたらの遺跡発掘調査」の現場で、説明会がありました。年代的には、17世紀から18世紀くらいにかけて操業された、たたらの地下構造が3基。(年代特定はこれから放射性炭素測定でされるようです)古いものの上、あるいは側に、順次新しいものを構築して操業されたようで、地層にもよく表れているとのこと。

奥日野ではこうして古いたたらの上に、次々と新しいものをつくってきたため、多分うんと古いものもあるはずですが、なかなか見つかりにくく、そうした意味でこの遺跡はとても貴重です。

しかし往事の歴史を残す現況も、やがて道路拡幅で取り壊されることに・・・。新しい道路などができるところでは必然として発掘調査がされますが、イノシシしか通らない日野の山奥ではそうした調査がなかなか進みません。そうした歴史は山野の中に、誰に知られることもなくきっと永遠に、静かに眠ることでしょう。 『酒と涙と男と女』みたいになりました〜〜